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ちょっと宗教のお話♪

日本の古代信仰について触れる前に、何か身近な神様のことを書こうかなぁ・・・と思っていた矢先、松村組の 『ファンの集い』 で珍しくも “秋田大黒舞” を演ることになりました
明けの方角から福が舞い込む、というおめでたい歌詞で 御存じ七福神のひとり大黒様が舞い踊る、古くから伝わる曲です。
恵比寿神と並ぶことの多い、優しそうな福の神ですね。  柔和な笑顔で 肩に袋を下げ、打出の小槌を持った姿で現されるのが一般的です。   

大黒様

ところがその出自を辿ってゆくと、チベット密教から インドの古代ヒンズー教にまで遡ったりします。
もとの名前はマハーカーラ ――― これは 「大いなる暗黒」 という意味で、そこから大黒という字が来ている訳ですね。
何故この福々しい神様が もと暗黒神なんでしょか???  しかもその姿はと言うと・・・

maha-kara.jpg


ひえぇ  こ、怖すぎる
神様より どっちかというと魔物に近いような・・・こりゃ どう見たって同一人物(?)とは思えません★
マハーカーラは ヒンズー教の破壊の神であるシヴァの化身であるとも、逆にヒンズーの神を調伏する 仏教の守護神であるとも言われています。
これはたぶん・・・後者ですね、シヴァの息子=ガネーシャを 思いっきり踏んづけてますから (^^;)
あの穏やかな方の姿は 実は日本の神話、因幡の白兎に登場する神様 大国主命(オオクニヌシノミコト)なんです。
大黒と大国―――ダイコクという読みが一緒だったんで、日本に入ってきた時に 習合しちゃったんですね。
いや、それにしても 同じってのは無理ありすぎだろ、って思いますが

この日本という国には、こんな風に 実に様々な宗教が生活の中に混在しています。
歴史的に見れば 仏教や神道が中心で、皆さんも それぞれお家が○○宗○○派、とか ○○教です、と普通に言える方が殆どだとは思うのですが・・・
明治維新や敗戦の時、一気に入ってきた異文化に戸惑いながらも 受け入れるのにさほど長くはかからなかったように、新しく入ってきた宗教に対しても 日本人は最初から寛容でした。
もともと八百万の神々が存在した風土ですから、増えて困る神様は居ない―――と言うより、御利益を細分化させてきたという意味では 何の支障もないどころか 更にお願いが便利になったりするんですね

なので 特に年末年始になると、外国の人が首をひねるような 面白いことが起こります。
キリスト教のクリスマスで街が賑わっていたかと思えば 仏教の除夜の鐘で厄災を取り除き、新しいお願いは初詣の神道で
家へ戻れば待っている お屠蘇やお年玉は、意外にも中国から来た道教の習慣だったりします (^^;)
まぁ殆どみんな 堅苦しい宗教というよりは風水のような民間信仰に近い、それこそ目出度いイベントのような感覚で楽しめてしまうんですね。

時に弾圧される宗教もありましたが、それは外国のように 既存の神や教義と矛盾するという理由からではありませんでした。
高野山や比叡山の焼き討ち、虚無僧で有名な普化宗の廃絶、キリシタン弾圧なんかもそうですが・・・単に力を持ち過ぎて、時の権力者に煙たがられただけのお話。
そうでない限り、基本いいものは一杯あったほうがいいじゃん と受け入れちゃうんです。

その結果 あちこちで神仏混淆が起こって、神社なのに『○○大菩薩』という名前があったり お寺の中に鳥居が立っていたりする。
何処かで矛盾が出てきたら、今度は “本地垂迹説” なんてのを唱えて 『神と仏は同一の存在である、衆生の求めに応じて その姿を変えて顕れるだけだ』 というウルトラCで妙に納得させてしまう。
厳格な式次第と規律を重んじる仏教の古い宗派でさえ、実はチベット密教や道教など 色んなものが混じっていたりするんです。
僕もそういう混沌とした楽しさは好きですし、その辺の自由さと柔軟さも日本人のいいところだと思うのですが・・・外国人の宗教観からすると 単に節操が無いだけに見えて、納得できないことも多いみたいですね★

まぁ確かに、キリスト教徒が新年だけモスクに巡礼するなんて 有り得ない話でしょうけど・・・
たとえ奔放でアバウトで 中には少々こじつけ気味のところがあったとしても、神と子と精霊が三位一体かどうかで戦争になったり 他の国の人が信仰する神像や摩崖仏を破壊して回ったりするよりは よっぽど平和でいいと思うんですけどね
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文化・歴史