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神代の響き

演奏家という仕事を長年続けてきていつも思うのは、生まれた瞬間に消え去ってしまう 『音』 というものの因果な宿命です。
作者が心血を注いで造り上げたであろう 何百年も前の絵画や彫刻は―――或は何千年と経った壁画や土偶でさえ―――現代の人間も当時と同じものを見ることが可能ですよね。
でも音楽は、どれほど素晴らしいものを造り上げても 何百年どころか0.1秒も経たないうちに消えてしまう運命にあります。
もちろんレコードやCDはその音を遠く離れた場所や 後世にまで伝えてくれるものなんですが・・・
それはあくまで記録でしかなく、ちょうど古代の優れた彫刻が レプリカかスケッチでしか残っていないような状態に似ているような気がします。
まぁ、だからこそ衆人環視の場で その瞬間にしか生まれ得ない感動もあるのでしょうけど★
自分のアトリエで誰にも邪魔されず 納得のゆくまで修正を重ねられる芸術作品を見ていると、ちょっといいなぁと思ってしまうのも事実です (^^;)

言葉もそうですが、年月を重ねるうちに全く別のものになってしまったり 完全に忘れ去られて想像することすら難しくなってしまうのが音というもの。
楽器の実物が残っていれば とりあえず音は聴ける訳ですが、古代の奏法や楽曲は 伝承が途絶えればそれまで、ということになってしまいます。
縄文や弥生の遺跡から発掘された品々の中には、音は出そうと思えば出せるけど・・・コレ果たして楽器なんだろうか?? というものも少なくありません。

例えば―――何十年か前、縄文期遺跡の祭祀跡と思われる場所から 突然大きな鹿の骨が出たことがありました。
鹿は当時貴重な食料でしたので 食べ残しかと思われたのですが、良く見ると骨の表面には均等に人工的な刻み目が付けられている。
ある学者は 「何らかの占いに使用されたもの」 と断じましたが、これを木の棒か何かで擦ればチーチキ・チーチキとリズムを刻む“すりざさら”になるじゃないかと力説する学者も居るわけですね
演奏家としては諸手を挙げて後者を支持したい気分ですが、何せ証拠となるものは どちらにも残っていないのですから・・・当時の人に訊くしかないというのが本当のところです。
同じような事例に 縄文土器の特異例である 『有孔鍔付土器』 と呼ばれるものがあります。

有孔鍔付土器

開口部の縁に沿って均等に開けられた孔と その下の出っ張り・・・これが一体何のための物なのか、学会で物議を醸したんですね。
『酒を醸造するのに使われた瓶で、孔は発酵する際に出る余分な気体を逃がす為である』 と学者センセイは言うんですが、アルコール分を含む液体の痕跡が検出されたわけでもなく あんまり納得できる解答ではないような気がしてしまいます (^^;)
謎だよなぁ~と首をひねる考古学会をよそに、画期的な説を唱える人が現れました。
「こりゃアナタ、間違いなく縄文の太鼓ですよ!!」

縄文太鼓

ほほ~、なるほど☆ あの孔は革を張る時にクサビを打ち込む為だったのね
実際に当時の技法である野焼きで 文様まで忠実に復元して、演奏に使っている音楽家も居ます。

縄文太鼓2
(縄文造型アーティスト:猪風来氏 作)

これもゼヒ支持したい 楽しくてユニークな発想なんですが・・・数多く出土している割には、残念ながら革の破片やクサビらしきものも 全く見つかっていないようです
祀りの際に篝火の元で打ち鳴らされていた・・・っていう方が、よっぽどロマンもありますけどね~★

音というものは目に見えず 瞬間に消えてしまうからこそ、古代から神秘的な存在だったのかも知れません。
更に 人間や動物が声や身体で出せない特殊な音は、次第に祖霊や神と交信できる 唯一の手段だと考えられるようになってゆきました。
次回も、消えてしまった古代の響きについて ちょっと書いてみたいと思っています。
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