弥生の土笛

早いもので (毎年言ってますが) もう3月、弥生の季節ですね。
古くは 「いやおい」 と読み、弥 (いや=ますます・盛んに)  動植物が生まれる(生いる) 時候のことです。
昔ボーイスカウトに居た頃、手紙の結辞や目出度い席では 「弥栄(いやさか)」 という言葉が使われていましたが・・・

“春の芽吹きのように、ますます繁栄されますように” 

おそらくは日本語の中でもかなり古く、中国から 「万歳」 という単語が入ってくる以前からある表現だと思われます。
ボーイスカウトは1908年に イギリスでベーデン・パウエル卿という方が始めた社会福祉少年団ですから、そんな挨拶があった筈はありませんよね。
古いグレートブリテンの言葉を訳したのか、日本に入ってきてから 誰かが決めたのか・・・どちらにせよ、ナカナカ小粋な言葉です

「やよい」 という発音も とても柔らかくて、春にふさわしい響きですね。
昔は同級生に一人ぐらいは ヤヨイちゃんという子が居て、大概その名前の通り 控えめで優しい子だったような気がするなぁ・・・ 
(関係ないか ^^;)

弥生といえばもうひとつ、「弥生時代」 とか 「弥生式土器」 なんてのがあります。
こちらは東京都の弥生町で 考古学上最初に発掘されたのが名前の由来で、3月とは関係ないようですけど・・・。
もともと時代も土器も縄文の方が好きなタチなんですが、実際の遺跡としては弥生の方にご縁があるようです。
そりゃそうですよね、縄文の遺跡は東北まで行かないと見られませんが 弥生なら本場関西ですから。
古墳に遺跡、様々な伝説・・・そのまんま貝塚、なんて地名もありますし
以前、ご縁があって 和泉にある 「池上曽根遺跡」 でイベントで演奏をさせて頂いた事もあります。
ここは関西でも最大規模の環濠集落で、近年高床式の巨大な建造物が復元されたことでも有名な遺跡。
夕暮れ迫る遺跡の中で 幾つもの篝火に照らし出される竪穴式住居をバックに笛を吹いていると、まるで弥生時代に暮らしていた人々が 目の前で聴き入っているような、不思議なタイムスリップ感を覚えました
やはりどんな音楽や楽器にも、それにふさわしい場所と時間があるように思えてなりません。




弥生時代に演奏されていた卵型の土笛も、何故か持っていたりします
高校時代にお世話になった音楽の先生から頂いたもので、山口県の綾羅木という遺跡から発掘された 素焼きの土笛です。
残念ながらというか、勿論 原寸大のレプリカですが・・・

縄文時代には 野辺送りや神との交信にも 高音の 「磐笛」 が使われていたとされていますが、弥生時代になると 何故かこの土笛の低い音に取って代わられてしまいます。
僕は考古学者ではありませんが、おそらくは音程や音色よりも、この 「卵型」 に意味があったのではないかという気がしています。
卵は生命がそこから生まれ来る容器であり、古代から呪術的にも非常に重要な形とされていました。
当時の棺が二つの甕を合わせた卵型だったのも 初期の墳墓がドーム形をしていたのも、卵の中で命が再生されることを願ったものだったんです。

因みに、英雄や不思議な力を持つ 物語の主人公なども、多くが卵に関係した出自を持っています。
孫悟空は石の卵から生まれたという設定ですし、桃太郎の桃や かぐや姫の竹なども 「密閉された容器」 という意味では、卵に近い呪力を持っていると言えるでしょう。
修験道では昔、山で死んだ仲間の山伏を谷に落とし 上から皆で石を降りかけるという 「石子詰め」 の風習も伝えられていました。
これも身体全体を石で覆ってしまうことで、人工的な卵の状態を作り 魂の再生を願ったと考えられています。
同じ形をした笛から発せられる響きにも 同等の霊力があると考え、再生の祈りを込めて吹いたんでしょうね。

大事にしていたのに、形が丸くてスベスベなもんで 一度床に落として粉々に壊してしまったことがありました。
欠片を全部集めて、ひとつひとつ貼り合わせて・・・何とか音が出るまでに復元は出来ましたが、お陰でヒビだらけ
見た目もホントの発掘品みたいになってしまいました

アルカディアのケーナ奏者、井上さんも 奈良に立派な工房を持っていて、様々な土笛を自分で焼くんですよ
彼に貰った弥生土笛には、僕が更に彫刻を施してみました




古墳の装飾にも使われている魔除けの文様で 更なる再生のパワーアップを図ってあります。
こりゃ夜中に吹いたら・・・怖いかな、ちょっと (^^;)


≪アルカディアHPの記事より 一部転載≫



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文化・歴史

Comment

卵の中に息を吹き込んで命の再生を願ったり、もう亡くなってしまったご先祖さまに今一度生命力を吹込み、交信したり、祈りを届けたり…そういうことなのでしょうか。カモノハシは想像しております。そして、楽器はこうして形をなんとか今の世に伝えてくれていますが、一番、知りたいのは人の「声」。最もその霊力が宿っていたのでは…と考えるものですが、これだけはもう、聴くことは叶わないですね。それだけに、こうして毎日使っている「言葉」にたいして、私達は本来もっとデリケートでいなくてはいけないのかもしれません

やよい…いやおい…美しいコトバが日本語にはたくさん、ありますね。おや「におい」や「いきおい」は何か関係あるのかな。
  • 2011⁄03⁄01(火)
  • 02:29

そうだな~☆

笛は、人間が到底出せない音を作るから あっちと繋がりやすい、と考えられてた訳ですね。
人間に意志を伝える声に対して、感知できる筈の無い世界に想いを届けられる音である、と。
声に霊力を持たせたのは「言霊」であって、唄の呪力が重要になってくるのは 随分後の時代なんじゃないかなぁ。

におい、は判らんけど 勢いは「生き負い」かもね(^^;)
また調べてみっか♪

  • 2011⁄03⁄01(火)
  • 02:52

卵 玉子…

玉 と
魂 も 繋がりがあるですか
  • 2011⁄03⁄01(火)
  • 08:03

もちろん…

語源は一緒ですな
タマゴも元は「霊子」または「魂子」って書いた筈だし。

魂も丸いと考えられてたし、特に丸い石や宝石には神霊が宿ると信じられてたから、そのまんま御神体になってる神社も多いです
昔は魂が宿る宝物、大切なもの全体を 形に関わらず「玉」とか「丸」と呼んでました。
玉座とか、本丸とか…だから子供や刀の名にも必ず「丸」を付けたのだな
今でも船の名前だけは○○丸だよね
  • 2011⁄03⁄01(火)
  • 15:24

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