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音の不思議 その2

以前、石器時代のナイスガイが苦心して作ったであろう 骨の楽器 「クロマニヨン・フルート」の記事を書きました。
これは音楽というものの初源と 発達の過程を考えると、とてつもなく独創的で 飛躍した発明品であったと言えるものです。
誰にでも発することのできる声が 言葉を産み、自然や神を崇める「呪」は やがて歌になり、手や身近なものを叩くリズムが加わって 声の高低差からハーモニーが出来上がってゆく。
ここまではある意味 とても自然な音楽の発生であり、疑問を差し挟む余地のない流れであるように思えます。
しかし、草原を吹き抜ける風が たまたま葦の空洞を鳴らすようなことはあったとしても、それを指孔まで備えた笛という楽器に仕上げる過程・・・これには 超人的な発想と工夫が必要です。
もしかすると、自然界に最初から存在した「火」の利用なんて これに比べれば簡単なことであったかも知れません。

「彼」が何を考え、そして何の為にそんなものを思いついたのか、数万年も経ってしまった今では 知る由もありませんが・・・。
実は音楽や楽器が人間のものになったと言えるのは、国や地域の差こそあれ ここ数百年~千年ちょっとのことでしかないんです。
それまでは洋の東西を問わず「人間の力では感知できない」存在に捧げられる、もっと非日常で神秘的なものでした。
その存在とは 人の運命を左右する神々であり、常に我々を見守り続ける 常世の住人たちであり、全てを包み込む 「想定外の」 大自然そのもの。
これらに願いを届けたり 怖れから誉め讃えたりする時だけに使う、特殊な通信手段 ――― それが音であり、音楽です。
ならば 今こそ必要な時ではないのか?・・・ナドと思ったりもするわけです。

現在でも、アフリカやオセアニアの一部では 祭の時以外には決して口ずさんではいけない歌、また特定の身分の人しか 触れることが出来ない楽器などが存在しています。
その禁忌を破った者が 神域を穢したとして目を潰される罰を受けたり、親族もろとも村を追放されるなんていう掟も 地域によっては 単なる昔話では済みません。
「あの辺は まだ未開の部族も多いし、古い迷信とかも残ってるだろうからなぁ」 などと考える人が居たとしたら、それは大きなマチガイ。
ハイテク産業全盛の この日本でも、特別な日以外 見ることさえ禁じられている山鉾・女性が登ることを許されない土俵や神山・付けてはならない装束、面などが 今だに数え切れないほどありますよね。
禁忌を破ったことによって、実際に罰を受けるかどうかはともかく・・・。
全ては同じ理由によるもの、これらは神に捧げられる・或は神が降臨する為の 神聖な器とされているからです。

その中でも楽器には 更に特別な、人知を超えた存在との ダイレクトな接触を可能にする力があるとされてきました。
縄文時代から「魂送り」と「神降ろし」に使われてきた 磐笛。
弥生時代には 神の意向を知る「御託宣」に用いられ、権力者の象徴にもなっていた 琴。
報われぬ亡霊の哀しみを 凄みのあるサワリ音で切々と唄う 琵琶。
天(笙)・地(鼓)・人(篳篥)・空(竜笛)の音で 世界の全てを表し讃える 雅楽。 
管の表裏を違え、舞台上に異界を具現化しようとする 能管。
鈴を振る巫女が場を清め、禰宜は 魔を祓う梓弓を鳴らし、山伏は法螺を立て太鼓を打つことで 荒ぶる精霊を鎮める。
何千年もの間 実は何一つ変わってはいないんです。
変わってしまったのは、それだけの努力をしてまで 何とか繋がっていたい、と願った「神」や「自然」を忘れてしまった人間のほう。
現代に生きる我々は、まるで宛名の無い手紙を抱えて やみくもに走り回っている郵便配達人のようです。
人々が祈りと共に 大切に受け継いできたもの・・・それは本当に 前時代の怪しげな儀式めいたもの、つまらない迷信で片付けられてしまっていいものなんでしょうか。

≪つづく≫
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