久々の保育園

僕がプロになる以前、「ロス・プラテーロス」というグループに所属して チャランゴ奏者兼音楽監督のような事をしていた時期がありました。
ここのリーダー、樋口さんという方は ドイツから木の玩具を輸入して全国の保育園へ広める仕事をされていましたので、活動の場も多くが保育セミナーでのライヴという 一風変わったグループだったんです。
当然 お客さんの殆どは若い保母さん(今は「保育士さん」と呼ぶんですね)ですので、ちょっと嬉しかったりしましたけど

その頃からの知り合いに 宝塚で保育園をされている園長さんがいらっしゃるのですが、この方は有難いことに大のフォルクローレファン
実はファーストアルバム「風の大地」も、この方の御好意で 保育園の中にある木造りのプレイルームをスタジオとしてお借りして、録音したものなんです

今回もこの園長さんからのご紹介で、枚方にある大きな保育園までセミナー演奏に赴いてまいりました。
保育士さん達も全員フォルクローレを耳にするのは初めてという事で、楽器も含めて興味津々で聴いて頂きましたが‥‥今回はサワリのお披露目、といったところ。
夏に園の庭で、篝火を焚いて催されるコンサートが本番です
普段お忙しくて自分の時間がなかなか取れない先生方も勿論ですが、本当に聴いて欲しいのは もっと音楽を聴く機会の少ない子供たちですね
今はTVでもCDでも何でもあるし、音楽は僕の幼少期に比べれば比較にならないぐらい 日常生活の中に溢れています。
でも聴く事の出来る音楽の種類や機会・場所が増えれば増える程、その中身が薄くなってゆくのを感じている人も 実は多いんじゃないかな~、と。

目の前で演奏される街頭の音楽から その振動を直に刻み付ける蝋管蓄音機、SP、LPと進んでデジタル化されたCDへ。
その間に音はどんどん「記号化」され、音質がクリアになった分だけ痩せ衰えてきています。
実際CDとして音がデジタル化された時点で、人間の脳に必要な「栄養素」は削ぎ落とされてしまっているんです。
これに関しては、また別の機会に音の話として記そうと思ってますが‥‥。

今やそれをデータとして更に圧縮した、ダウンロード音楽の時代。
今の子供たちがそんなものしか聴いたことのない人間として育ってしまって、果たして大丈夫なんでしょうかね~
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仕事・舞台

Comment

機械オンチな私が二回めの投稿に挑戦です!

渡部さんのブログの存在を、昨夜、カモノハシさんから伺いました。

ちょうど話題にしていたので、ものすごいグッドタイミングにビックリ!

渡部さんがお書きになっているデジタル化された音についてのお考えは、私も全く同感です!!

子ども達には、なるべくそういう音から遠ざけたいとさえ思っています。

どんなに下手でも、ナマの楽器の音、ナマの声がいいと…。

また、渡部さんのお話をゆっくりと伺ってみたいです。


  • 2011⁄02⁄10(木)
  • 08:38

ひらめさん、こんにちは[e:454]

コメント有難うございます~。
また続編(?)も書くつもりにしてます

音に関しては、子供にダイレクトでプリミティブな影響を与えてしまうものだと昔から考えてますので‥‥
毎日の食事に 出来るだけ添加物の含まれないナチュラルなものを、と考えるのと一緒ですよね
またご感想聞かせて下さい
  • 2011⁄02⁄10(木)
  • 17:04

デジタル?アナログ?

色々と考えさせられました。
今の時代、もはやCDが『アナログ』と位置付けられてますもんね。
「私は時代に媚びない!」なんて思ってたのに、最近遂にiPodを手に入れちゃいました…(((^^;)
でも、犬の散歩中にまでアルカディアを聴けるので、ルンルンしてる自分が居たり♪


自分は聴覚に障害のある子どもたちと関わっていますが、その子たちも、音楽が大好きなんですよね~♪

「もし耳が聴こえたら、何の音が聞きたい?」のアンケートで、
1位が家族の声、2位が音楽、というくらい。
いつも楽しそうに、でも、少しもどかしそうに歌を歌ったり聴いたりしている彼らを見て、
やっぱり、体感できる生の音楽を聴かせてあげたいって思います。
なんだかそれだと、彼らが『聴きたい部分』が伝わると思うんですよね(*^^*)
  • 2011⁄02⁄13(日)
  • 23:28

Re: ペコちゃん、ありがと (^-^)

そうだよね・・・つい最近まで最先端だったMDも、いつのまにか世の中から消えてる時代★
目の前での生音による演奏だけを重要視してても 遠くで聴けない人が増えるだけの話だし・・・何処ででも手軽に聴けるというデジタル化の功罪は、やはり一口では語れないものがあります。

音は波動だから、デジタル媒体では伝えられない根っこみたいなものが絶対に存在するはず。
でも逆に 生音の力を錦の御旗のようにかざしてみても、それは一体どこまで通用する免罪符なのだろう、と フト考えてみたり。
聴覚に障害のある人にまで 変わらぬ感動を届けられる自信は、果たして自分にあるだろうか?
コレはなかなか奥の深い問題です (^^;)

限りなくデジタルの進化が進んで、耳骨伝導でなくともリアルに聴覚化できるシステムか何かに応用できてゆくのなら それはそれで嬉しいことだよね♪
  • 2011⁄02⁄14(月)
  • 02:17

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