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我が青春のアルカディア

「ドクロの旗は俺の旗。 俺の死に場所の目印さ」

わが青春のアルカディア

西暦2977年・・・そこは怠惰な平和に慣れきってしまい、宇宙の彼方からの侵略にも気付かない連邦政府が治める地球。
今そこにある危機を見ようともせず 見せかけの治安維持と自分達の利権だけを守ろうとする地球連邦政府と、それに頼りきって何の疑問も抱こうとしない民衆に 絶望する男がいます。
人間としての誇りを失わず 体制に疑問を呈し続けた彼は、連邦政府から “ならず者の宇宙海賊” として指名手配され 死刑宣告まで受けることになるのですが・・・
「それでも地球は俺の故郷だ」と 一人侵略者に立ち向かう旗を翻します。
彼の名はキャプテン・ハーロック。
腐りきった連邦政府に同じような疑問を感じる仲間が彼の元に集い、志半ばで倒れた親友が設計した宇宙戦艦 『アルカディア号』 と共に孤独な闘いの旅に出るのです。

たかがアニメ、所詮作り話と言われれば 確かにそうなんですが・・・
たとえ誰からも尊敬されず 理解が得られなくとも、自分の信じるものの為に 命を賭して突き進む。
男としては 理屈抜きに憧れを抱いてしまいますね・・・時代もあるんでしょうか、こういう「男」が 本当に少なくなりました。
圧制に喘ぐキューバの人民開放に立ち上がった 革命戦士チェ・ゲバラにも 少し通ずるところがあるように思えます。

強要したり 自分の思想や正当性をアピールすることもなく、艦が気に入ったなら 「この旗のもとに、君の信じるものの為にだけ闘えばいい」 と言う彼。
同じように命を賭ける決意をした乗組員達も、結果 自分の信念にも増して彼自信を信じることになるのですね。
アルカディアというのは ギリシャ時代に実在した都市国家で、理想の場所・桃源郷とも訳される言葉ですが―――
それぞれの考え方や夢は違っても 集い来た者全ての家となる場所だ、という理念をそのまま表した戦艦の名前にも心惹かれます。

コピー ~ firstarcadia01

だからこそ この旗の下で果てても悔いはない、ここが俺の死に場所だと言い切れる強さが生まれます。
そして、心の底から信頼できる仲間達・・・最近のアニメを観ていて思うのですが、僕が子供の頃に流行った「忍者」と「海賊」ものが 再び脚光を浴びる形になっているんですね。
いつの時代も 血湧き肉躍る冒険活劇(古い表現)の人気が高いのは当然だと思いますが、いま特にこの 「自分の信じる旗」 と 「命を賭けて共に進める仲間」 というのが 現実世界では余りにも希薄になっているからなんじゃなかろうか・・・なんて、ちょっと思ってしまったりもします。

キャプテン・ハーロックの物語は 後に映画にもなりましたが、そのときの題名は 『我が青春のアルカディア』
たとえ幾つ歳を重ねようとも、自分の信じるものの為に闘い 進んでゆける限りは “青春” と呼べるのでしょうね。
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雑記・日常

Comment

この記事も

転載させて欲しい~と思いました。アルカディア号に「友よ」と語りかける、ハーロックがなんともかっこよくてたまりませんでした。今の政治家に、彼等のような行動力を求めても仕方ないのかもしれませんが、熱い気持ちとか、ベタなものでもいいから持ち合わせた人はいないのでしょうか…と思ってしまいます。でも、いつかこのアニメのような時代が現実になるかもしれません、というか、人間って数が増えたら、こうなっちゃうのかな。
  • 2011⁄07⁄07(木)
  • 00:16

命を賭けるだけの

主義主張も組織も、旗印も仲間もなくて・・・何をしていいか解らず 敵となる対象すら曖昧な時代だと、そうなっちゃうよねe-441e-263
だから幕末や戦国時代も これだけ流行るんだと思います。
その昔 生き方や道徳教育を担ってた童話が、今はアニメなのかもしれないなぁ☆
  • 2011⁄07⁄08(金)
  • 01:40

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