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極楽(?)コンサート

秋も次第に深まって朝晩の冷え込みも増すにつれ、ようやく少しだけイベントも復活してきました。
小学校や保育園など、生の音楽に接した経験の少ない子供たちに 演奏を届ける機会も一番多い時期です
学校という普段なら演奏をするような場所ではない空間、聴きに来て頂くのではないという条件、大人と違って遠慮なしのダイレクトな反応が返ってくる怖さと面白さ。
考えてみれば、ミュージシャンとしては色々な意味で勉強になる かなり特殊なステージなのかも知れません。
まだ夜も明けきらない早朝から 遠方まで出掛けなくてはならない事も多いので、完全夜行性の僕には少々辛い季節でもあるんですが・・・やはり公演を終えた後の子供たちの笑顔には、他のステージでは決して味わえない充足感がありますね
まぁ、時には生徒の殆どが頭にソリコミを入れ グラサンかけたまま椅子にふんぞり返って観ているような、あまりガラの宜しくない男子高校などもありますが・・・

とある地方の工業高校では、終わって帰ろうとすると 校門の所にガタイのでかいのばかり数人が集まり、こちらを睨みながらたむろしていました
いきなり寄ってくるので 難癖でもつけられるのかと思いきや・・・皆で手を挙げて 『おぅ、また来いや』 って (^^;)
まぁ態度はともかく 時間内ちゃんと座って聴いていてくれた訳ですし、わざわざ出待ちして 精一杯の感想まで伝えてくれたんですよね
色々ある世界ですけど、そういう 「やってて良かったな」 と思える瞬間がたとえ年に数回でもあれば、まだ頑張ってこの仕事を続けていけそうな気がしてます。

変わった場所&シチュエーションでの仕事も随分やってきましたけれど、中でもちょっと珍しいのが お寺でのライヴ。
以前には京都嵯峨野の常寂光時や箕面の瀧安寺などでも演りましたが、これがまた意外と楽しいんです
御本尊と金襴の須弥壇の前にポンチョを着たメンバーが並んで、南米音楽・・・これが果たしてマッチしてると言えるかどうかは 意見の分かれる処でしょうけど (^^;)
今回は岸和田にある 『久米田寺』 からお招きを頂き、チャリティーミニコンサートをやってきました。

ここは かの行基菩薩が天平六年に開創したと伝えられる、関西でも屈指の名刹です。
略縁起を少し読むだけでも、登場する名前が 聖武天皇・光明皇后・後白河法皇・後鳥羽上皇に足利家と・・・歴史からすれば当たり前なんでしょうけど、ハンパじゃありません
和泉ではかなりの地を領していたそうですが、現在でもその隆盛が窺い知れる とても品格のある広大な仏閣でした。
その一角にある『明王院』が 今回の舞台。
古くから 「和泉の融通さん」 として知られる 宝生如来が御本尊です
宝と財を如意のままに・・・あぁ、御利益にあやかりたいっ 

久米田寺 明王院

折悪しく 一日中土砂降りという中での開催になってしまいましたが、本堂は近在信徒の方々で満杯という有難い状況でした。
今回初めて演奏を聴く方も多かったのですが、小さいお子さんからお歳を召した方まで 皆さんすぐに笑顔と手拍子で楽しく乗って頂けるというのは やはりフォルクローレならではですね 
30年やっていても まだまだ認知度の低い音楽ジャンルですが、変わった楽器を紹介しただけで 「ほおぉ~」 とウケてくれるという、オトクな一面もあったりします。
当日の舞台はというと・・・こんな感じなんですね。

明王院本堂

お寺の本堂、まんまですけど (^^;)
須弥壇に上がること自体 普通は遠慮するものですし、狭い場所にマイクスタンドや楽器の数々を置きまくって 法具などにキズでもつけたら大変
ましてやアリガタイ御本尊にお尻を向けた 失礼この上ない体制で演奏しなくてはなりませんので、通常の何倍も気を遣わなくてはならないステージでもありました

お寺といえば 京都の観光地でもない限り、法事などの時以外は そうそう足を運ばない場所ですよね。
お葬式のイメージも強いからでしょうか、街で僧侶の姿を見かけただけで 「縁起が悪い」 なんて言う方も中にはいらっしゃいます。
でも考えてみれば元々は 「寺子屋」 という言葉があるように、老若男女が事ある毎に集って様々な事を学ぶ 学校でもありコミュニティー拠点でもあった訳なんです。
落語などは江戸時代、仏教法話に付随した形で 僧侶が始めたとも言われていますし

流石に昔は、門付けや河原者と呼ばれた音楽芸能が仏閣と結びつくことは無かったようですが・・・そもそも人間が他界する時に お迎えにいらっしゃる仏様は、必ず管・弦・打 様々な楽器を携えた飛天(菩薩)を従えた形で描かれています。
仏の世界として描かれる極楽浄土も 極彩色と天上の音楽で満ちている訳ですから、現世の音楽もそこへ繋がるもので 無関係である筈がないんですね。

最近ではお寺自体がイメージを変えようと―――もっと正確に言えば 文化の発信地としての本来の役割を取り戻そうと、柔軟な試みを始めています。
街中ではコンクリート造りのモダンな佇まいで 音楽や演劇の専用ホールを備えるような所も 確実に増えてきていますね。
もちろん由緒ある古刹が、伝統文化である美しい外観を壊してまで そうなって欲しいとは思いませんけど・・・
もっともっと気軽にライヴや個展を楽しむ為に、子供たちでも 「普通に」 出入り出来るような場所になってくれるのには 諸手を挙げて大賛成
僕も微力ながら、そういう 文化を拡げてゆく為のお手伝いをさせて頂けるといいな、と思っています

 
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仕事・舞台

Comment

反応の怖さうれしさ

 大勢相手の場。
 その怖さ、緊張感は独特のものだろうと思います。それだけに受けたときのうれしさもひとしおというところでしょうか。
 ぼくも仕事人生の特に後半、大勢の前で話す機会を多く得ました。
 ぼくのこだわりとして絶対にいい場を提供しようと、あれこれやったことを思い出します。
 学校関係、特に高校や専門学校あたりがなかなかでした。でも受けたときのうれしさ、それは何ものにもたとえようがありません。
 ではまた。
 
  • 2011⁄11⁄06(日)
  • 22:44

有難うございます(^-^)

譲れないこだわりは神田さんらしいですねe-454
御存知だとは思いますが、僕は生来大勢の前に出たり話をしたりするのが苦手なタチで・・・
それが長年こんな仕事してるんですから不思議です(^^;)
やはり単に音楽好きというだけでは続きませんし、やはりその喜びがあればこそでしょうか☆
最近特に小学校や私立の保育園など 子供に聴かせてあげられる仕事にも重きを置いていますので、また何処かありましたら御紹介くださいe-68

  • 2011⁄11⁄07(月)
  • 00:32

返信

 ご紹介できる機会があれば、と心しておきます。

 いや、渡部さんが長く続けてこられたこと、その点はすごいなと思います。
 話と演奏とでは性格が違いますが、ぼくらの話には動員されて来た、とか会社組織の指示で来たというきっかけが多いのです。それだけに、「いやあ、期待してなかったけど、おもしろかった、よくわかった」と感じてもらうことが目標でした。
 つくづく思うのは、あなどらないこと、全力で綿密に事前準備すること、と自分に言い聞かせました。恥ずかしながら、これは失敗から学んでのことでしたが。
 
 今は緊張感をもつこともなくなり、その面では退屈なところです。

 ご活躍、継続をお祈りします。では。
  • 2011⁄11⁄07(月)
  • 23:05

来年で

プロ生活も28年目を迎えます(^^;)
特にここ数年は厳しく よく生きて来られたものだと思いますが、慣れ過ぎて ともすれば忘れがちになる仕事の基本★
あなどらないこと、全力で綿密に事前準備すること・・・肝に命じて頑張ります。
  • 2011⁄11⁄08(火)
  • 03:24

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