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音霊(おとだま)

北海道ツアーに出掛ける前、ちょっと日本の独特な宗教観についての話を書きました。
八百万の神々が集う神道、それにインドや中国から入ってきた 仏教や真言密教・道教・民間信仰などが入り混じり、日本人の宗教は実に多様で 摩訶不思議な世界観を持っています。
他にも縄文・弥生の昔からあった 月や卵型による再生信仰、蛇・鹿・鳥・狐・熊などの動物信仰、山を祖霊の澄む場所や 御神体そのものとする山岳信仰など、キリがないくらい

そして恐らくはもっと古代から、更に 殆ど全てに共通するものとして存在してきたのが 実は音霊信仰というものなんです。
音霊というのは、平たく言ってしまえば 「発せられたことによって対象事物を活性化し または神霊に対する鎮め・清め・祓いなどの力を持つとされる 全ての音」 ということになります。

『音に対する信仰』 などと聞くと ちょっとピンとこないかもしれませんが・・・要するに 「音は単なる自然現象ではなく、逆に現象を左右する程の力を持っている」 と信じられてきたんですね。
平安時代の宮中で執り行われた神事の際にも、まず巫女さんが持っている鈴で場を清め 矢をつがえない梓弓の弦を鳴らして魔を祓い 笛で神霊を呼ばう・・・という順番で 政治を左右するような託宣がなされました。
因みに太鼓は、荒ぶる神や悪霊を何かの手違いで呼んでしまったという場合や、地霊などの 「鎮め」 に用いられたものです。
そこへ更に神霊を喜ばせもてなす為の 「舞い」 が加わり、一大国家的儀式へと発展してゆきました。
雅楽に代表される音楽全般を 古くは 「神遊び」 と呼んでいたのも、こういう背景があるからなんですね。
このような 音霊のパワーを使った 『感知できないものとの交信』 は、現在でも神社の式次第などには 色濃く残っています。

かの有名な 『魏志倭人伝』 には 古代日本人の日常なども詳しく記されていますが、その中にも こういう記述があります。
「道で高い役職や目上の人、友人など大切な人に出会った時、日本人は道の端に身を寄せ 或は一段低い場所に下って その人に向かって手を打ち合わせる習慣がある」
おわかりだと思いますが・・・これ、神社で打つ 「柏手」 の原型ですよね
古代の日本人は 神様だけでなく、自分にとって大切な人にもパン、パンと・・・つまりこれも、手を打ち合わせる音によって 相手の魂を活性化させようという考え方なんです。

もう少し身近な音霊はというと―――たとえば小さい頃、誰かに 「夜、口笛を吹くと蛇が来るぞ」 なんて脅かされたこと、ありませんか?
時代や地方によっては山姥が来る、お化けが出るなんて怒られる場合もあるようですが・・・。
これ実は、笛が持つとされてきた “神霊を惹き付ける霊力” に関する 超古代からの言い伝えなんですね。
笛の音は 昔から神降ろしにも使われてきたように、この世のものではない存在を 「呼ばふ」 時に吹かれてきたものです。
僕が磐笛を授かった時も、陽が落ちてから 一人の時や 人気のない山中では決して吹いてはいけない、と先達から教わりました。
昼間は良くても、暗闇と死が支配する時間帯では 何を呼んでしまうか判らないから・・・というのがその理由のようです。
もちろん自分で試したことはありませんし、日が暮れてから人気のない山中で吹くなんて 頼まれたってイヤですけど (^^;)

もっと日常に深く関わっている音霊には、音の一種である声を使った「言葉」があるんですが・・・
これはまた長くなるんで、次回ということにします
窓の外で風に鳴っている風鈴 コイツも元は家の魔除けですが、日本人にとっては 清涼感を呼ぶ為の音霊のひとつなのかもしれませんね。 
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文化・歴史

Comment

音霊って、特別なものではなく、私達の身近に存在するものなんですね。

太鼓や笛など、普段何気なく演奏していますが、音霊と思うと、軽い気持ちでいい加減には演奏できないなぁ…と思います。

音って、不思議だなぁ…と思うのは、私達の耳に聞こえなくなって消えてしまったあと、どこへ行っちゃうんだろう??ということです。

太鼓をド~ンと叩いた音なんかは、かなり存在感がありますし、遠くまで響きますよね。

どこまで行ってるのか、音を追いかけて行きたい!と思うこともあります。
次回の言霊の話も、楽しみにしていますね!
  • 2012⁄07⁄26(木)
  • 19:51

昔の人も

同じことを考えたんだと思いますよe-454
もしかしたら、この世で消えてしまった音は あっちの世界に届くんじゃないだろうか・・・って。
尺八の世界には「一音成仏」なんていう言葉もありますし☆

アルカディアのCDにもある「ヤラビ」という古い形式には、ケーナの旋律の中に 最後だけ任意に長く伸ばして消える部分が存在します。
あれは神や祖霊に語りかけ、その返事を待っている時間の名残だと言われているんですね。
アンデスに限らず、古代では世界中に同じような信仰があったんだと思いますv-278

演奏に集中して音に「気」を乗せることが出来れば、普通に聴いている人にも 耳ではなく魂レベルで音が届くのかも知れませんねe-348
  • 2012⁄07⁄27(金)
  • 01:46

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